souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

カンボジアの負の遺産

プノンペン空港から宿に向かう。
シハヌーク大通りで出迎えてくれるのは、立派な独立記念塔である。


しかし、カンボジアの歴史は、栄光にのみ彩られている訳ではない。

チュンエク村の処刑場トゥールスレン虐殺犯罪博物館も、ポルポトという20世紀最悪の指導者の所業を白日の下にさらす施設である。


あまりに生々しく、正視に耐えない。それでも刮目せねばならない。
これも同じ人間が起こした業の深淵である。
我々はそこで何が行われていたか、知ることができる。

チュンエクの処刑場跡。

雨期には未だに骨が出土する。


そう。知ること。
それこそが、何より狂気へのレジスタンスなのではないか。
少なくとも、狂気への歯止めに繋がる「第一歩」なのではないか。

廃校になったリセを利用したトゥールスレン。
少女たちの学びの教室は、独房居となった。

運動のための架は人を逆さに吊る道具、花壇の鉢は水攻めの道具にされた。


映画キリングフィールドで描かれているように、クメールルージュは知られることを極端に恐れ、知る者は徹底的に排除された。
1人を殺したら、残りの家族も全員殺せ。外国人ジャーナリストも例外ではない。
こうして、その狂気の犠牲は膨れ上がっていった。
しかし、徹底した隠蔽も最後には内部崩壊する。皮肉にも、組織内粛清により弱体化したクメールルージュは、遂にベトナム軍に負け、この惨劇が世界に知られるところとなったのだ。

虐殺の直前に撮られた少女の眼差しは、まともに見ていられない。


残念なのは、ここを訪れる日本人が極端に少ないこと。
トゥールスレンでバスツアーの一行をみたが、個人旅行者は殆ど見ない。
欧米人は、ツアーでなくて個人で沢山来ている。やはりナチをはじめとして大虐殺の歴史が身近だからなのだろうか。あるいは、個として考え学ぶ姿勢が備わっているからだろうか。


ツルむより、先ず黙って見ろ。
個人として対峙してみろ。


それと、イキがって髑髏マークのTシャツやら指輪やらしている奴。
俺の前に一切姿を現すんじゃない。