souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

失敗から何を学ぶか

ここでは、あるプロジェクトの顛末を書こうと思う。それは、俺のチームが解体を余儀なくされた事実の「真相」を探る営みでもある。
関係者にハナシを詳しく聞く前には、肝心のタイミングでお金をケチったり、忍耐ならず直ぐに「合わない」と切ってしまったりってなところだろうと勝手に予想していたのだが、その予想は見事に裏切られた。寧ろ、金はケチらなかったし、随分粘って立て直そうとしたにも関わらず、最終的に失敗したというのだ。
つまり、その分根深い「失敗の原因」が構造的に横たわっていた、ということになる。


そのプロジェクトのゴールは、あるサービスのローンチであった。
サービスの見立ては、2007年当初、かなりハッキリしていた。機能要件は定義され、ターゲットユーザーも大まかには設定されていた。テストマーケティングのためのトライアルも予定され、関連の部署ではそれに向けて諸処の作業を進めており、サービスを動かすアプリやプラットフォームの開発は最終段階に来ていた。
つまりは、あとは実際に動くアプリとしてカットオーバーし、UIを磨いていくばかり、というフェーズであった。
ところが。


2007年5月。俺は、全く突然、開発経験もないのに開発関連の子会社に異動させされ(ま、左遷である)、俺の部下は他のチームに吸収され、チームsouxouquitは実質「お取り潰し」の憂き目にあう。恐らく、こんなことは俺に任せられない、と判断したのだろう。
断っておくが、そのこと自体について今更恨み言を連ねるつもりは全くないし、この場の主目的でもない。
ともかく会社としては、ここを勝負ドコロと考え、マネジメントレベルを課長からトップ引き上げた。その結果俺は洋ナシとなった、という訳だ。俺は誰にも引き継ぎを求められることなく追われたので、事実、現場レベルのマネジメントはその後不在となった。


そこに第一のボタンの掛け違いが生じた。
(と俺は思うのだよ。)


俺が去って程なく、プロジェクトの推進主体であるM社は、開発工程の大幅な遅れにより、資金ショートに陥る。
不安的中。
会社は「追い金」を投入する決定を下す(結果的にはその資金のおかげで、このプロジェクトはその後1年以上も延命することになる)。
とても大人な対応だなぁ。
でもそのことで、目下の危機を先延ばしし、根本的な原因にメスを入れ再演防止に繋げる営みを怠ったのではないか。現場レベルのマネジメントが弱体化していれば、必ずそういうことが起こる。俺の経験では。


悪いことは重なるものだ。その頃会社は、もうひとつ、重大なマーケティングのミスを犯す。
その段階で有力な潜在パートナーであったD社に、連携の打診をする前に、自ら引っ込めたのだ。こんな出来の悪いサービスで御社にお声をかけるのはオコガマシイと存じます。これも一見ものすごく「大人な」対応だろうよ。
しかし、同じ結果のように見えるが「玉砕するのも覚悟の上で敢えて声をかけてみる」アプローチとは大きく違う。将来実現するかもしれない連携への布石であったり、他のパートナーへ打診するための「踏み絵」儀式の完了を意味したり、そもそもプロジェクト内部へのモチベーションアップであったり。絶対に、不戦敗では得られない効用がそこには沢山あったはずだ。


その後、プロジェクトの当事者であるM社のCEOは、緊張の糸が切れたように職を辞し、共同出資者であるN社はM社に更なる「追い銭」を入れたが、その甲斐も空しく再び軌道に乗ることなく坂を転げ落ちてしまう。
もはやこうなると、どうにもならないのだろう。
最終的に会社は、N社とのおつきあいの別プロジェクトを走らせたりして、迷走のまま、当プロジェクトはひっそりと終了することになる。


開発ベンダーに丸投げで、何かあっても金で解決してきたこれまでの大企業の「成功の方程式」は、ベンチャー相手に全然通じない。細かい現場レベルでの修正を繰り返し、その体験を共有しながら、また現場をモチベートしながら進めることは、大企業の社員の最も苦手とするところなのかもしれない。
それをこの会社の中で啓蒙するのは、「天動説の人に太陽系のしくみを説く」に等しい。しかしこれをやりきらなければ、コーポレートベンチャーの成功はおぼつかない。


同じ轍を踏まないために、肝に銘じよう。
そして、当時とは時代が違うこと、俺も大人になって上手くすすめられるようになったことを楽観的に信じ、頑張らずに、地道にゆっくり粘り強くがんばろうではないか。