souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

金剛峰寺という名の密教都市

奥之院に至る参道を50メートル程入ったところに、司馬遼太郎の文学碑がある。高野山開創1200年記念ということで4年程前に建立されたらしい。
標高900メートルを超える山あいに、奇跡のように広がる異空間。それを目の当たりにした畏怖を、生前頻繁に高野山を訪れ「空海の風景」を上梓した司馬遼太郎が見事に表現している。

高野山は、いうまでもなく平安初期に空海がひらいた。
山上は、ふしぎなほどに平坦である。
そこに一個の都市でも展開しているかのように、堂塔、伽藍、子院などが棟をそびえさせ、ひさしを深くし、練塀をつらねている。枝道に入ると、中世、別所とよばれて、非僧非俗のひとたちが集団で住んでいた幽邃な場所があり、寺よりもはるかに俗臭がすくない。さらには林間に苔むした中世以来の墓地があり、もっとも奥まった場所である奥ノ院に、僧空海がいまも生けるひととして四時、勤仕されている。
その大道の出発点には、唐代の都城の門もこうであったかと思えるような大門がそびえているのである。
大門のむこうは、天である。山なみがひくくたたなづき、四季四時の虚空がひどく大きい。大門からそのような虚空を眺めていると、この宗教都市がじつは現実のものではなく、空に架けた幻影ではないかとさえ思えてくる。
まことに、高野山は日本国のさまざまな都鄙のなかで、唯一ともいえる異域ではないか。

大変なところに来てしまった。そんな気になった。
ここは、誤解を恐れず言えば、すべての日本人が一度は訪れるべき場所である。いや、世界のすべての人々、輪廻を信じ、先祖を敬う心を持った人なら誰でも来ていい。そういう懐の広さをもった「山」である。


3年後の「高野山開創1200年記念」で盛り上がる前に来て、本当によかった。ゆっくりこの地を堪能することができた。
俺は間違いなく再来するだろう。

金剛峰寺の境内の庭には、宇宙が宿っている。決して大袈裟ではなく。何しろコスモス(宇宙)を曼荼羅に表現したのが密教なのだから。

壇上伽藍のシンボル、鮮やかな根本大搭。

大塔の胎内に供えられた、胎蔵大日如来。これが「立体曼荼羅」の中心に位置している。

奥之院参道に佇む上杉謙信の墓。10m先には武田信玄の墓がある。死んだら人間みな同じ。

与謝野晶子の歌碑。「柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや道を説く君」

宿坊で心静かに「写経」。筆でこんなに集中して書いたのは何十年ぶりだろう。