souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

軍艦島オデッセイ←音がでます♪

もの凄いスピードで高度成長期の日本を駆け抜け、一瞬のうちに廃墟となった島を、この眼で目撃してきた。
上手く言えないが、これまで人生で味わったどんな感覚とも似ていない、とても不思議な体験だった。


軍艦島
周囲がたった1.2kmのこの島は、最盛期には5,000人以上が生活し、炭鉱施設・住宅の他、小中学校・店舗・病院・寺院・映画館・理髪店・美容院・パチンコ屋・雀荘・スナックなどをもつ“超近代都市”だった。



ところが、主要エネルギーの石油への移行により1974年1月15日に閉山となった。経営自体が黒字であったため住民は直ぐに島を離れ、同年4月には島は無人島と化す。
無人化により建物の崩壊が進むと同時に、島民の生活の跡がそのまま生々しく残る廃墟である。



昭和のタイムカプセルとも言うべきこの魅力的な島は、生々しいハラワタをお天道様に曝け出しながら、ひっそりと長崎の南西18kmの沖合いに佇んでいた。
そのエロティックな姿に、俺は眩暈がした。



プールの跡。
ほら。子供たちの嬌声が聞こえて来るだろ。



ガイドをつとめて下さった軍艦島コンシェルジュオフィスのK氏と。
K氏は20代の頃1年程、この島で現に暮らした生き字引である。
「一日3交代で掘り続けるモンだから、ベルトコンベアやガスタービンが休みなく動いていてね。最初は喧しくて夜寝付けなかったんだけど、そのうちその音が心地よくなってきちゃって。なぜなら、その音が聞こえ続ける限り、事故が起こっていない、ということだから。」



この島は、近代化産業遺産群の一部として、2009年1月に世界遺産暫定リストに追加記載された。
また、2009年4月下旬、安全な見学路が整備されたことから、一般旅行客の渡航&見学が許可されることになった。しかし、いつ行っても上陸が許可されるとは限らない。上陸が可能なのは年間僅か100日程度と見込まれており、中でも波が高く風の強い冬場(11月〜3月)は上陸が最も難しい季節であるとのことだった。しかしながら無茶苦茶ラッキーなことに、俺は多分「5万人め」ぐらいの上陸者となることができたのだった。
今年の運を、既に使い果たしちゃった鴨。


今後、建物の中に足を踏み入れることが可能になったら、必ずまた期待来たい。