souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

「40歳代CEO育成講座」での中谷巌氏のコトバ

“Japanese businessmen are boring.”よく海外の親しい友人からこう言われた。
確かに日本のビジネスマンは優秀なのかもしれないが、仕事以外の話が続かない。その理由は、「教養、つまり人間に対する関心がないから」ではないかと考えた。将来、日本を担っていく教養豊かなビジネスマンを育てたいと思った。


私自身の変遷は、ある意味で日本と似ている。私自身も日本化プロセスを経てきたように思う。戦後教育では「アメリカが優れ、日本はとにかく遅れている」と刷り込まれた。その脅迫観念から50歳くらいまでずっとアメリカかぶれだった。27歳でハーバードに留学したとき、同級生、教壇に立つ人、誰も彼も皆優秀で、必死に勉強しなければ社会で認められないと気がついた。それまで傲慢だった自分にとって、それが最大の収穫だった。そして人間は極限状態におかれた時、ものすごい力が発揮できることを知った。自分の能力を過小評価してはいけない。この経験がその後の人生で壁にぶつかったときも必ず乗り切れると思える自信となった。


細川内閣、小渕内閣の首相諮問機関での経験では、日本のアイアントライアングルの強さ、権力の中枢に近づいたときの抵抗勢力の恐ろしさを知った。
その後、ソニー多摩大学でもいろいろな経験をさせてもらった。
が何よりは、この5年間のCEO講座によって私自身のモノの考え方が相当変わったことが大きい。この5年間で学んだことは、知的好奇心がいかに人間の心を充実させるかということ。


CEO講座で多くの本を読み一流講師と議論をしたことで、今とても満足感を味わっている。
振り返ると首相官邸での「短絡的な改革論」では日本は動かないということがよくわかる。
米国流の経済学や経営学を取り入れるにしても、文明的、歴史的、宗教的視点から日本を理解した上でなければ、単にグローバルスタンダードだからという発想では無理。

教養=人間に対する関心。
ともすると、「教養」は「スノッブ」な「俗からの乖離」を賞賛する空気を振りまいたりするし、自分の意見のない「教養人」やその予備軍は、誤解促進の急先鋒ばかりだからね。
こう言い切る潔さ。
それと、他に対する優しい眼差し。
長年多様な文化背景の人たちと交わってきた氏ならではの言葉のように思う。凡庸な「教養人」ども、見習ってくれ。


やっぱり「愛」はだいじだと思うのね。最近特にさ。


ほら、一応管理者だからさこれでも。
拡大再生産のサイクルの中で自己の再規定を図らないと、存在意義問われちゃうからさ。