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進学塾のナガセ「四谷大塚」を買収

大ショックなのである。


30年以上も前のことになるが、俺は四谷大塚の生徒だった。2人の息子も、教育方針を熟知した四谷大塚に、だからこそ任せたのだ。
「名物」という形容詞が必ずついて回るような講師陣は、それぞれが魅力に溢れ、勉強する楽しさを丁寧にかつ厳しく教えてくれた。また「予習シリーズ」というテキストは、中学受験のノウハウの塊であり、当時からこのテキストを解説する寺子屋塾が全国に無数に存在していた程、謂わばバイブルであったのだ。


東進スクールもその無数の寺子屋塾のひとつであった。吉祥寺の井の頭線のガードの脇、レンタカー屋の2Fで細々と教室を開いていた。何でそんなことを知っているかといえば、学生時代、俺は自宅に程近い東進スクールで非常勤講師のアルバイトをしていたのだ。


当時の東進スクールは、永瀬兄弟を野村證券脱サラ部長が支える3頭経営体制で、中央/西武沿線を中心に勢力を急激に拡大している最中だった。「東進ハイスクール」=大学受験部を設立したのもその頃だった。今や「東進ハイスクールを経営するナガセ」なんだろうが、東進はもともと中学/高校受験専門の小規模などこにでもある塾だったのだ。


冬期講習の目玉「正月特訓」での1000題小テスト。学習効果そのものと言うより、「達成感やカタルシス」をキーワードに親や生徒の達成感に訴えかけようとする「体育会系」アプローチ。「必勝」を期す塾長にハチマキを締め拳を突き上げて応える生徒たち。。。教室には、なにやら宗教的雰囲気も漂っていた。
方や教員室には、殺伐とした雰囲気が漂っていた。
給料や待遇が悪いとボヤく講師は、経営陣から「一人入塾させればいくらの収入になると思う?教室に座っている生徒が札束に見えるようでなきゃ駄目だ」と叱責されていた。流石に俺も、いくら自宅から近いからといって2年程で嫌になり辞める決心をしてその旨伝えたところ、「お前の高校の教職員名簿のコピーを手土産に置いていけ、そうしたら希望どおり辞めさせてやる」と言われた。舞台のウラではそんなやり取りが進行していた。


少子化の影響か、規模の論理が効き、たぶん塾業界も少数寡占へと移行してくるのだろう。嘆くことばかりでもないかも知れない。経営の甘かった四谷大塚が、これを機に見事に再生する可能性も否定できない。
しかし、再生しても、俺のことを勉強好きにしてくれたあの雰囲気は、多分、ちょっと違った雰囲気になるのだろう。名物教師も、おそらく「キメの細かな教育」より「効率的な教育」へと変革を迫られるだろうし、そのうちの何人かは辞めさせられるかも知れない。否、自らも辞めることもあるだろう。丁度、当時の東進の方針に嫌気がさした何人かの名物教師が造反して興した新興塾に俺が引っぱられて辞めたように。


しあわせだったのは、息子2号が昨年四谷大塚を卒業しすでに厨房、ということだ。