souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

シド・バレットが。。。

ピンク・フロイドの、と言うより、サイケデリック・ロックの教祖シド・バレットが、7月7日自宅にて死去したと伝えられた。享年60歳。死因は糖尿病に起因する合併症とのことだ。


シドは、美術学校に在籍中に旧友のRウォーターズ、Rライト、Nメイスンとともにピンク・フロイドを結成。1967年に発表された1stアルバム夜明けの口笛吹きはポップ・サイケデリック極彩色絵巻*1。シドというLSDジャンキーが居なかったら、決して世に出なかった大傑作アルバムである。このアルバムは、現に他のどのフロイドのアルバムとも似ていない。天才の“狂気”が作らせた、一瞬の閃きを瞬間冷凍したかのような、一種の奇跡である。
シドの影響力はそれだけには留まらない。つまり、後に残された、どんなに足掻いても“天才”に成り得ない“秀才”たち*2の人生をも決定付けたと言っていい。シドに代わるように*3加入したDギルモアも含め、メンバはシドをモチーフに曲を書き続けていたのは明らかであった。特に73年の狂気以降、Rウォーターズが嵌っている“シドの呪縛”は相当なものがあり、次作75年のには、誰がどう見てもシドのことを歌った「あなたがここにいてほしい」や「クレイジー・ダイアモンド」といった楽曲が並んでいる。社会からの疎外感をテーマにした79年のザ・ウォールでは、コンセプト自体にシドが侵食してきた。Rウォーターズがどんなに言い訳を捏ねても、“シドの呪縛”に足掻いていたのは明らかで、まぁそこまで言わなくても「マンネリ打開のネタをシドに積極的に求めた」のは間違いない。このRウォーターズの偏執狂ぶりは、その後、メンバ間の確執にまで発展する。バンド名の継承を巡って一時期泥沼にも発展した、フロイドというモンスターバンドの制御不能にも見えた状況も、最終的には、2005年“Live 8”での全盛期メンバー4人での再結成ライヴで「シドに捧げる」として「あなたがここにいてほしい」を演奏し、和解するに至った。何という皮肉、何という因縁だろう。


しかし、そういった俗人どもの喧騒をよそに、晩年のシドは、家族や極く親しい人に囲まれ、静かな生活を送っていたと聞く。きっと、本当に静かで穏やかな生活だったんだろうと想像する。
ビーチ・ボーイズとの関係を、発展的に止揚することに成功したブライアン・ウィルソンほどは強くなかったシド。
成功と、儚い狂気の美しさに魅入られた人々の期待に応えなければ、と「脅迫観念」に押し潰されてしまったシド。だからといって、悲劇のヒーローに仕立て上げたりすることも、また同時に決して求めなかっただろうシド。


おつかれさま。ゆっくりお休みなさい。
俺に出来ることは、シドの極彩色ポップに身を委ねることだけなり。

*1:アルバム発売時の邦題は何と『サイケデリックの新鋭』

*2:フロイドのメンバ4人=上流階級のお坊ちゃま、特にRウォーターズ

*3:実際はシドとギルモアの加入時期は重なっており、一時期バンドのメンバは5人だった