souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

受験を終えて

息子2号の受験が終わった。


第一志望校に、彼は合格できなかった。彼の人生では、最初の大きな挫折。ショック療法的ではあったが、そのことが彼を成長させた。


何となく親が言ってきたから。
兄も受験したから。
塾でもみんな受験するから。。。
彼にはいくつもの「漠然とした」動機はあったのだけれど、彼自身の受験動機を突きつけることが、自分の力ではできていなかった、ということかもしれない。不合格という現実は、そんな甘さに往復ビンタを喰らわせるに十分であった。何のためにこれほどの苦しみと悔しさを味わうのか。自分が直面している「受験」というシロモノは、いったい何なんだ、と。
追い討ちをかけるように、彼は不合格の速報を関係者=祖父母や塾の先生に報告するために、ケータイで話さねばならなかった。何故落ちたのか。今どんな心境なのか。今後も大丈夫なのか。
これまで陰になり日なたになり支えてくれていた人たちに説明する中で、彼は、ひとつづつ整理しながら、ゆっくりと、だが確実に、気持ちにオトシマエをつけていったのだ。
第一志望校の、試験が2/1。発表が2/2。そして、2年間の受験勉強にピリオドを打つ最後の試験は、2/3。
不合格という現実からどこまで気持ちを持ち直し、最後まで頑張りぬくか。2/2の心の葛藤と奮起が、彼の「受験週間」の最大の山場であった。
果たして彼は、2/2の午後には「このままでは俺は終われない」とハッキリ言ったのだ。


2/3、最後の試験。お弁当持ちで、8教科の長丁場。
気圧されないように。
集中を切らさないように。
彼は繊細なバランスを自ら律し、やり遂げた。清々しい表情が、彼の達成したことを雄弁に物語っていた。
その日は、家族皆で彼を讃え、恒例のちゃんこ屋で出かけた。2年前、つまり息子1号の受験が終わった時も、ここで外食したのだ。
結果はどうでもいい。兎にも角にも、お前が納得のできる戦い方を全うしたことが素晴らしい。だから今夜行くんだ。ご苦労さま。よく頑張ったな。


一夜明け、今日の発表。
彼は合格した。
35名しか受からない難関校に。
俺も含め、一族誰も合格したことのない国立校に。
こうして彼の受験週間は、2勝1敗の結果に終わった。


俺は、中学受験(中高一貫教育)に対し、次のメリットを感じていた。

  • 脳みそが柔らかい小学生高学年の時期に身につけた「考える習慣」は、一生モノの財産となること(かく言う俺も、今だにこの時の“貯金”で暮らしているような気がしてならない)
  • 人生で一番多感な14〜15歳の思春期に高校受験のために費やすバカバカしい時間やエネルギーを、たっぷり別のことに向けられること(つまり“6年間の休暇”のご褒美)

俺自身の体験から、また、長男の経験から、この2点は堅い、と思っていたが、今回別のメリットを見出した思いがする。

大きなステージさえ用意してやれば、結果如何に関わらず、その挑戦の過程で人間は勝手に伸びていくんだ。

こんな至極当たり前のことに、今更ながら気がつかされた。
夏休みが終わっても志望校が固まらず、泣き虫で、受験直前まで「落ちるのが怖い」と志望校ランクを下げていた次男は、この経験で、見違える程成長した。


春から彼も、「大人料金」の中学生である。
しかし、最早、伊達に大人だということではない。