souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

「マルチな天才」との再会

少し前のことになるが、森アーツセンターギャラリーにて開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」へ行ってきた。レスター手稿*1の公開が売りの、ダ・ヴィンチ個人に、しかも「科学者」としてのダ・ヴィンチに焦点を当てた回顧展である。
この展覧会の分析は、浅く、薄い。中身の迫力がない。
ダヴィンチ・コードで沸き起こったブームに便乗する軽薄な商売根性が透けて見え、全くいただけない。ダ・ヴィンチの手稿はこれだけではない。この手稿のみで「科学者ダヴィンチ」の全体像を浮き彫りにするのは、どだい無理がある。何しろ相手はダ・ヴィンチだぞ。そんなことも解らないのかなぁ。女性の巻き毛の描写と渦の研究をこじつけている件など、呆れることを通り越して、その涙ぐましい努力に商売人のド根性を見る思いがして、感動すら覚えてしまった。


でも、本当に書きたいことは主催者*2へのクレームではない。俺たち庶民だって、別段「見せて貰いに」と媚び諂うつもりは毛頭ない。ダ・ヴィンチと個人的に対話する時間を買いに出かけるのだ。


俺とダ・ヴィンチとの出会いは、古い。
モナ・リザ来日に沸いた1974年の上野。当時多感な小学生だった俺(年齢がバレるなあはは。)は、大人気の「モナ・リザ展」より、隣の国立科学博物館でやっていた「科学者 レオナルド ダ ビンチ展」に強烈に惹き込まれた。
そこで目の当たりにしたダ・ヴィンチは、正に「マルチな天才」としか表現できない、稀代の大天才であった。天文物理学の研究家、兵器の発明家[ヘリコプター(昔の全日空のマークね)や連射機関銃、戦車の発明]、戦略家[自分が発明した兵器の殺傷力に裏打ちされた理論家、しばしば政治にも介入していたらしい]、解剖学の権威[夥しい人体解剖のスケッチ、特に筋肉の動きと絵画描写の関連]。。。偉大な「芸術家」以外の、意外で怪しげな側面を隠蔽するために考案された(と今でも心の底からそう信じている)鏡文字を扱う天才科学者、それが俺の「ダ・ヴィンチ」像だった。


それ以来、俺のヒーローはダ・ヴィンチだった。85年には素描展に行き、これは池袋だからいいものの、熱狂が嵩じて、遂には「最後の晩餐」に会いにミラノのサンタマリア・デレ・グラッツィエ教会へまでも出かけた。「単なる絵画界の巨匠」ではない。「人生の師」ぐらいに思っていた。自分の人生の目標は「多方面で実力が発揮できる人物」と設定され、一度もブレることはなかった。
凡人が何を背伸びして、と哂うなかれ。
おかげで、勉学分野では最高水準を覗くこともできた。
万能を自負しているスポーツの分野は、最高のプレーを愛でる鑑賞技術を磨いてきた。
芸術分野でも、音楽活動には少々目処が立ち始めてきた。
これらを同時に目指すこと、少なくとも、「やらず嫌い」を徹底排除する姿勢が俺のフィールドを拡げ続け、また個別のフィールドでの深みを付加してきたことは事実だ。


でも、そろそろ凡人には限界が見え始める。


人生の折り返し地点を過ぎた現在、やはりダ・ヴィンチを目指すには才能もエネルギーも時間も金も、ちょっとばかり足りない。ここは心を鬼にして、大胆に取捨選択せねば品質が下がってしまう。それが目下の課題だろうな。


でも、図録\3,200は高いぜ。入場料も\1,500取られちゃったし。
買っちゃったけど。あ〜敵のペース。

*1:【The Codex Leicester】英国貴族レスター卿によって長期保有されたことから。現在はビル・ゲイツ夫妻が所蔵。29.5cm×21.8cm、72ページの、ダ・ヴィンチが晩年1505年に執筆した手稿で、科学的考察の集大成たる研究ノート。500年前の最先端メディアである「紙」に、天文学流体力学、地球物理学などの考察が、鏡文字でビッシリと書き込まれている。年に1度、1ヶ国1ヶ所の限定公開。無論日本では初公開。

*2:TBSビジョン?毎日新聞社