souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

御巣鷹山の惨事

1985年8月12日。羽田発伊丹行きの日航ジャンボ機123便ボーイング 747SR046型機)が墜落した。乗客+乗務員あわせて524名の搭乗者のうち、4名を除いた520名が死亡した惨事だった。
当時大学生だった俺はその日、ちょうど友人の群馬県の実家に遊びに行っていた。曇り空のおかげで機影は確認できなかったが、夕暮れ時、やけに低空に飛行機のジェット音を聞いた。こんなところを飛行機が飛ぶわけないのに。友人の実家へ戻ると、TVでは「長野県に飛行機が墜落した模様です」と伝えていた。その後、初報は誤りで実際の墜落現場は「群馬県上野村」と訂正された。友人と思わず顔を見合わせた。
2日後、東京へ戻り、何気なくとった電話の受話器から聞こえてきたのは、信じられない言葉だった。

あのね、JL123便にTYが乗ってたんだ。


事故を遡ること3年前の1982年当時、TYは大学の同級生で、たった一人友達になった奴だった。一方大阪出身者のTYにとっては、東京の大学で初めて作った友人が俺だった。
TYだけが、俺の覆面浪人を知っていた。音楽や芸術のハナシをするのは、たいていTYとだった。別に四六時中行動を共にしていた訳ではなかったが、何だか感性の部分で共に語り合う、心の友だった。
TYとは音楽のハナシをよくした。奴に教えてもらったミュージシャンが、マイク・オールドフィールドという、神経質ギターをかき鳴らして自宅録音してしまう究極のヲタ少年だった。TY自身のヲタクっぽい雰囲気と相まって、俺も程なくマイクのファンになってしまった。
ビンボー学生だった俺達は、順番にレコードを買い合って交換し、このマイナーなミュージシャンのハナシでよく盛り上がった。音楽が俺達の距離を縮め、仲を繋ぎとめる絆だった。


20年前に聞いたジェットの轟音は、いまだにハッキリと記憶している。あれは、TYの最後の別れの挨拶だったんだ。
今、音楽が俺の生活の一部になっているのは、あの時以来、上を向いて歌い続ける決心をしたからかもしれない。
涙をこぼさないように。