souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

area - international POPular group -

もし今、神様が目の前に現れて「時計の針を戻して好きな時期のバンドを観に連れて行ってやる」と囁いたら、おいらは迷うことなく「76年から78年ぐらいのアレアを観せて下さい!」と懇願するだろう。
あの頃のアレアは本当に凄かった。たぶん74〜75年ぐらいのキング・クリムゾンにも匹敵する、いや、それ以上の凄まじいライブバンドであったと確信する。


インターナショナル・ポピュラー・グループ、アレアは、その名のとおり、世界のロック・バンドであった。
イタリアン・プログレともジャズ・ロックとも称される彼らだが、いとも簡単に変拍子を奏でるテクニックもさることながら、秩序と混沌を体現し、パッションと自由を謳歌しきった「音」はちょっと他には思いつかない。
まるで楽器のように声を自在に操る稀代のヴォーカリスト、デメトリオ・ストラトスが79年に白血病で他界してしまった後、おいらに残されたのは、何枚かのアルバムだけである。
ロック界は偉大なバンドを失った。

お薦め盤

  • Arbeit Macht Frei

73年。アレアの恐るべきファースト。
「労働は自由をもたらす」ってドイツ語のアルバムタイトルが示すとおり、彼らはバリバリの共産主義者だった。
そんな周辺情報よりも肝心なのは「音」のほうだが、ファーストアルバムにして、独特の中近東的メロディーライン、曲の構成、デメトリオの力強く艶っぽい声、バックの演奏、どこをとってもほとんど驚異的と言ってもいい確立されたスタイルの成熟を誇る。M1:Luglio, Agosto, Settembre (nero)(7月,8月,9月(黒))を聴いただけでブッ飛びます。

  • Caution Radiation Area

74年のセカンドアルバム。「放射能汚染地域注意」。
ウッドベースの導入などによるエレクトリック/アコースティックの融合的サウンドへの変化と、M5:Lobotomia(ロボトミー)に象徴されるアヴァンギャルド/実験性が目立つ。セカンドアルバムにして彼らは、ファーストで確立したスタイルから既に脱却する模索を始めている。
真にプログレッシブな連中だ。

  • Crac!

75年。一部には最高傑作と評されるサード・アルバム。
曲のバリエーションは格段に拡がり、カラフルで眩いばかり。前衛/ポップ、緊張/おおらかさの見事なバランスと、アルバムを通じて迸るエナジー。最も充実した「前期の頂点」であったことは間違いない。
M1:L’Elefante Bianco(白い象)、M2:La Mela di Osessa(オデッサの林檎)、M3:Megalopoli(大都会)、M5:Gioia e Rivoluzione(栄光と革命)は何れも名曲。溜息が出るほど素晴らしい。はぁ〜っ。

  • Are(A)zione

75年。初のライブアルバム。やはりサードまでを一つの区切りと考えていたのか、総決算の意味合いでもいい時期のライブがパッケージされている。
M2:La Mela di Osessa(オデッサの林檎)では、お約束の林檎を齧る音も収録されている。共産党のテーマソングであるM5:L’Internazionale(インターナショナル) はスタジオ盤未収録。演奏も凄まじい。
ライブでメッキが剥がれる幾百の凡庸なバンドと、アレアを一緒にしてもらっちゃあ困ると言っているんだ。音質も最高。何たる幸せ。

  • Maledetti

76年の5枚目。クランプス・レーベルでの最後のアルバムは意欲的な問題作となった。
どのアルバムも「アラビアンモード〜テーマ提示〜超高速変拍子超絶インタープレイ」のノリのいいチューンで幕を開けるのが定番だったが、このM1:Evaporazione(蒸発)はどうだ。口笛を吹きながら電気剃刀で髭を剃る音、歌詞(?)は「我々は15世紀の記憶を失くしてしまった」だぜ。極めつけはラストM7:Caos parte seconda(カオス第2部)だ。デメトリオは コミュニケーションの根本的な枠組みを維持するために、社会が構築した文化的モデルから抜け出ることは不可能なため、即興演奏は消滅しかかっている。カオス第2部の根本的役割は、まさに全面的に開放するところにある と解説している。
メンバーも固定せず、曲により外国人を含む多彩なゲストを招いているのも本作の特徴。
確かにこの時期のアレアは、ある種の壁の前で途方に暮れていたのかもしれない。
しかしながら、M2:Diforisma Urbano(都会のディフォリズム)やM3:Gerontocrazia(老人支配)といった隠れた名曲が収録されているのも見逃せない。
個人的には非常に好きなアルバム。因みにアルバムタイトルは「呪われた人々」の意。

  • 1978 gli dei se ne vanno, gli arrebbiati restano!

78年。「クランプス」から「アスコルト」へレーベル移籍後の6枚目。そして、デメトリオの声を聴くことのできる最後のスタジオアルバム。前作の迷いが嘘のように吹っ切れ、ポップでまとまりのある楽曲が並ぶ。
日本にアレアが紹介された最初のアルバムであり、おいらも最初に聴いたのがこれ。だから、それなりの愛着もあるし、人によっては最高傑作と言い放つ御仁も多いのだが、今こうしてアレアの全アルバムを俯瞰してみると、どうも物足りない。
キレイに纏まり過ぎている。デメトリオの狂気が楽器隊の整理された音の中に絡めとられ、とっても窮屈そうに歌っている。裏ジャケ写真に収まるデメトリオの顔に全く覇気が感じられないのは、体調が既に悪かったせいなのか、それとも本作のサウンドへの不満か。
いずれにせよ、入門編には最適。因みにアルバムのサブタイトルは「神々は去り過激派が残る」の意。

  • Live Concerts Box

この企画物ライブ集をCDショップで手にしたのは21世紀に入ってからだ。嬉しかったねぇ。中身は、いずれも76年に録音され96年に初めて発売されたParigi-Lisbona(パリ・リスボン)とConcerto Theatro Uomo(ウォモ劇場ライブ、2枚組)のカップリングである。ブートレグ並みの音質ではあるが、75年の正式ライブアルバムAre(A)zioneと比較しても、こなれた演奏と凄まじい塊りとなって襲ってくる整然から混沌へ突き進むエナジーゆえに、全く遜色ない。

  • Gioia e Rivoluzione

96年。クランプス時代のベスト・コンピレーション。
1978 と合わせ、入門編には最適。

  • 番外編 Mauro Pagani

78年。P.F.M.の主要メンバであったマウロ・パガーニのソロ・アルバム。
もちろんアレア名義のアルバムではないが、アレアはバンドで丸ごとM5:L’Albero di Canto(木々は歌う)に参加している。
作曲とアレンジのクレジットはパガーニ本人だが、この曲はアレアのアルバムに収録していても全く違和感が無いほど、コナレている(というよりホントはアレア作だとおいらは確信している!)。
ヴァイオリンの天才パガーニと、デメトリオ、アレアの楽器隊の絡みは素晴らしくスリリングであり、一聴の価値は大いにある。特にM8:木々は歌う リプライズでは、パガーニのヴァイオリンとデメトリオのヴォイスのみで構成され、デメトリオの非凡さに改めて驚愕する。
因みにP.F.M.との関係でいうと、アレアの初代ベーシスト、パトリック・シヴァスは、現在までP.F.M.のメンバであり、本作でも参加している。案外シヴァスが仲を取りもったのかもしれない。