souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

9.11に想う

同時多発テロから一年が過ぎた。
最近では、米ブッシュ大統領中間選挙の梃入れからか、今すぐにでもイラクへ攻撃しかねない勢いである。今日もTVで全米に向け演説し、近日中に国連総会でも同盟国の協力を求めるのだという。


2001.9.11以来、ニュースに接するたび、己の勉強不足を痛感した。
いったい何が起こっているのか、判らないことが多すぎる。
恥ずかしながらおいら、ビンラディンが何者なのか、映画ハンニバルに出てきたFBIのお尋ね者程度にしか知らなかった。そもそも、イスラムのことは何一つ知らなかった。


ベストセラーの「タリバン」も斜め読みしてみた。イスラム文化やアフガニスタンの専門家のハナシも聴いた。おかげで、少々の知識はつけた。
アラブの人々のアイデンティティそのものとしてイスラムという装置が機能していること。
聖戦『ジハード』はイスラム社会を守る行動すべて指す概念であること。
オサマビンラディンは当初CIAと手を携えて聖戦志願兵の養成学校を運営していて親米であったこと。
米国は中央アジアからインド洋へ抜ける天然ガスのパイプラインが目当てでありアフガニスタンはその要所に当たること。
最近はキリスト教的世界観の限界から欧米でもイスラム教徒が増加傾向にあること、などなど。


しかし、しかしだ。
いくら知識を詰め込んでも、この一年のあいだに起こった「報復措置」や「悪の枢軸」発言に対する「答え」は見つからなかった。
断片的な「事実」というモノをいくら繋ぎ合せても、何かが決定的に足りない。


何故殺すんだ? 
いったい何故?


憎しみが憎しみを煽り立て、際限のないパワープレイを繰り返す。
好むと好まざるとに関わらず、俺たちはそういう時代に生きている。
それが現実。ザラザラとした現実。


この、どうしようもない絶望的な無力さ。どうすればいいんだろう。
別段おいらだって、聖人君子ぶるつもりなんか毛頭ない。
当たり前だが、極く親しい人間と全く同じ感情をWTCやアフガンの砂漠に散った人に馳せることはできない、おじいちゃんのお棺の前で流した同じ涙は出てこない。
だけど、このやるせなさと、やり場のない怒りと、絶対的な暗さとを、表現せずにはいられない。
この感じを誰かと共有せずにはいられない。


TAKSの今度のギグで東経66°という曲を演ります。何か感じてくれれば、一歩でも、少しでも違うところへ行けると思う。そう信じたい。