souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

Peter Hammill

こんなヴォーカリストは他にはいない。ハミルかく語りき。
ジミ・ヘンドリックスがギターで、チャーリー・パーカーがサックスで表現したオリジナルな音の創造を、ヴォーカルで試みたかった !!!


ハミルはおいらのヒーロー。孤高のロック詩人。
MAN-ERGを聴くがいい。
そう、ハミルの内には天使と悪魔が同居している。天から降ってくるような、地を伝わってくるような声。生命を宿した、エネルギーに満ち溢れた声。
彼の声は宇宙にこだまする。彼の声は人の真ん中の深い深い臍の緒を通じて身体中に伝わる。
彼の声があり、それに魂をゆだねる、それ以外に何が必要だと言うのだ? バックバンドが下手糞だろうが、臆面もない打ち込みの貧弱な音がカラオケのように薄っぺらに鳴っていようが、それが何だというのだ。


もし彼の声を体験したくば、Van der Graaf Generator 時代のCDをお薦めする。
バンドとギリギリの鬩ぎ合いをしているハミルが、そこにはいる。
そしてできることならライブ盤がいい。
爆音の中で静かにそして確かに佇む彼の声が、そこにはある。バックバンドを切り裂かんばかりに響き渡る彼の声が、そこにはある。
絶対的存在として君臨しているソロワークのハミルはとても見ちゃいられない。あまりも孤独で。あまりに遠い存在で。
誰か、神様とおれたち凡人を繋ぎとめてくれ。


彼と同世代に生きていることを心から感謝している。彼が目の前で歌うのを何度か体験した。86年と88年の計3回。これほどのアーティストが、マイクで拾わないアカペラまで披露したのだ。
全く残念なことに、去年と今年の来日公演は知らずに行きそびれた。
一生の不覚。今はPFMと一緒にイタリアをツアー中らしい。
あっそうだ、10月に出た新譜まだ聴いていない。買わなきゃ。すぐ廃盤になっちゃうし。それにしてもVdGG時代から数えたら彼のCDを46枚も持っていた。もちろんアナログ盤も山ほど持っている(こっちは数えてもいない)。


繰り返す。こんなヴォーカリストは他にはいない。


お薦め盤

  • Pawn Hearts

71年、VdGGの初期の頂点。全3曲。複雑極まりない構成。怒濤の音圧。ポール・ホワイトヘッドによるサイケデリックなジャケット。
う〜ん最高。
前出のMAN-ERGも本作に収録されている。ちなみにRフリップ翁がゲストで参加している。
本作はいろいろな意味でハミルの転機になった作品だ。
まずタイトル。まさにPHではないか。このアルバムは俺そのものだと言わんばかりに。楽曲もハミルの手によるものがほとんどである。中ジャケットではハミルとバックメンバーの3人が手を挙げて hail している(ヘイルヒットラーのあのポーズね)が、バンドリーダーとしての強烈な自負が滲んでいる気がしてならない。
また、後にハミルは自分の人生を音楽に賭ける決意をしたのはポーン・ハーツの頃だとも語っている。実際本アルバム発表後VdGG解散してしまう。ハミルは再度ソロ活動を音楽的挑戦の場としていくのである。

  • World Record

76年。前々作 Godbluff(75年)でVdGGは(何度目かの)再結成を果たす。それからわずか1年の間に発表された「VdGG第二黄金時代三部作(Still LifeWorld Record)」のラストを飾る頂点。いや、3作とも凄いので余裕があったら是非聴いて下さい。
初期の頃から比べると、プログレッシブなテイストは後退しているものの、バンドとの融合、ハミルのキレ方、アレンジ等あらゆる点で無茶苦茶に完成度高い。
ハミルのヒネくれラブソングの原型たるM1:When She Comes から感動のラスト:Wondering まで、一気に聴かせる。
VdGGの「世界記録」は、ハミルのオールタイムベストだと断言できる。

  • Maida Vale

94年。VdGG時代の71〜76年の計4回に渡るBBC放送用スタジオライブ。ほとんどブートレグ的趣きのある本作だが、正式ライブアルバムVital(78年)と聴き比べても遜色ないどころか、個人的には本作のほうが絶対にお勧め。
ハミル自身が本作がVdGGのライブ演奏の雰囲気を最も緻密に捉えたものとライナーに書くとおり、選曲もパフォーマンスのテンションも、まさにベスト。

  • Nadir's Big Chance

74年。ソロ第5作。ブッチぎりのパンクアルバム。
ハミルの中のもう一人の人格ネイディアは、アイスブルーのストラトキャスターをかき鳴らす永遠の16歳。
ヴォーカリストとしてのハミルは、声そのものの存在感が凄すぎて、プログレ業界?では孤高の存在であったが、彼のアジテーションヴォーカルスタイルは、意外にもパンク業界??に多大な影響を残した。かのジョンライドンも愛聴しているとか。個人的には好きではないが、位置づけとして重要なので敢えて紹介しました。70年代半ばにパンクだぜ。ある意味、先見の明ありあり。
余談だが、先見の明と言えばVitalが収録されたロンドンのマーキーでのライブでは、初めて「Heavy Metal Sounds」というキャッチコピーが使われた。これも70年代のことで、非常に先駆的なことだったに違いない。較べること自体どうかと思うが、当時のVdGの圧倒的ライブサウンドに較べれば、世に言ういわゆる「ヘビーメタル」なんぞ、爽やかに、軽い。
もうひとつ余談だが、ネイディアはThe Future Now(78年)のM1:Pushing Thirty にも再び登場する。
 I'm pushing thirty and the steady zone,perhaps I should retire,
 I still can be, I still can be Nadir!
もう30歳だし引退すべきかもしれないけど、まだネイディアでも居られるんだぜと歌うハミルは、その後も精力的に音楽活動を継続し、今に至っている。

  • Patience

83年。80年代ソロのひとつの頂点。アルバムに深く刻印されたハミルの美学。
楽曲も結構ポップに仕上がっているので、入門用にもいいでしょう。
タイトルは「忍耐」の意で、M1:Labour of Love の歌詞内容そのものだが、同時にラストナンバー:Patient=患者にも引っ掛けてある。
またまた余談だが、ハミルはしばしば歌詞の一部をアルバムタイトルにする。
VdGの The Quiet Zone, the Pleasure DomeはM7:The Sphinx in the Face の一部フレーズだし、ソロのA Black Box は大作 M8:Flight の引用だし。この辺も弱いトコロなんだなぁ。アルバムコンセプトが明確にある証拠だし、何より、シングルヒットしそうなキャッチーなナンバーをそのままアルバムタイトルにしてしまう安易な態度の「対極」だよね。文句なしにカッコイイ。

  • The Love Songs

84年。ハミルの「天使の声」編のコンピレーション。壮大なストリングスアレンジやアコースティックな仕上がり。
ハミルの作品中では異色中の異色だが、正直、泣ける。


【注】MAN-ERG<抄訳> 人の定め

殺人者が私の内で蠢いている。彼が動くのを確かに感じる。
時々彼は私の心の静寂の中でウトウトと浅い眠りについているが、そのうち彼は目覚め、私の目をとおして外の世界を見つめる。
彼は私の代わりに言葉を話し、私の心の内側を切り裂くだろう。
そう、殺人者は生きている。

天使たちが私の内で蠢いている。彼らが微笑むのを感じる。
彼らの存在は、心の中の嵐を和らげる。
彼らの愛は私の傷を癒す。
でも彼らは私が倒れ捕えられるのをじっと見て、そのあいだに蠢きはじめるのだ。

私は自由?
助けはあるのか?
私は本当に私なのか?
それとも誰か他人?

しかし、私の回廊を死の侍祭が忍び寄り、部屋の片隅に死神が外套を投げ込む時には、死が宣告されるのだ。
若い頃の庭でのバカ騒ぎや、屋根裏部屋の厳粛で辛抱強い老人にこそ真実が宿るのだ。

私も私の内で生きており、私が誰だか時々わからない。
私はヒーローでないが、かと言って非難されたくもない。
私は単に人間だ。
そして殺人者、天使だ。
人間は生きている限り、争いの中であろうと平和であろうと、すべて、独裁者であり救済者であり難民なのだ。