souxouquit’s blog

オヤジロッカー souxouquit の蹴音映書網業泉食考♪

四人囃子 & P.F.M.

凄まじいライブに立て続けに立ち会ってしまった。今だに少々冷静さを欠いている。5月2日の四人囃子@渋谷公会堂と5月12日の P.F.M.@Club Citta'川崎である。

まず四人囃子
とてつもないエナジーを包含したアルバム『一触即発』で74年にデビューし、日本ロック界に君臨した馬鹿テクプログレバンドである。
残念ながら76年にセカンドアルバム『ゴールデン・ピクニックス』を発表するや、その比類なき完成度が仇となったか中心メンバーの森園(g,vo)が脱退し、非常に短命の、まさに幻のバンドとなってしまった。
今回のライブは、Char率いるスモーキー・メディスソとのカップリングだったが、囃子のあまりの素晴らしさに、字のごとくスモーキーは霞んでしまった。
4人の個性が鬩ぎ合い、ぶつかりあい、混沌とした小宇宙を形成している。
アンコールを含め70分程度の演奏だったが、その間おいらは、身動きがとれない程、胸の奥のほうで吐息の塊りが固形化し身体の真ん中にメルトダウンしてしまうのではないかと思う程のハイパーテンションのただ中に居た。その緊迫感たるや99年9月の日比谷野音ライブの比ではない。
テクニック?
演奏の安定感?
完成度?
そんなこと、どうだっていいんだぜ。
音の洪水に犯されたんだよ。
さいわいにして未だ痴女に強姦されたことはないが、犯されるってこういうことなんだろうな。
もうどうにでもして。


片や Premiata Forneria Marconi。こちらはイタリアの至宝の27年ぶりの来日である。
P.F.M.と言えば20年ほど前、当時つきあっていた女の子の家で、北米ツアーを収録したブートっぽいライブアルバム『P.F.M. Cook』を初めて聴かされた時の衝撃!は忘れることができない。
g.,key.,b.,ds.に加え時にはヴァイオリンやフルートが絡みながら超音速で展開される、ラフでありながらそれでいて圧倒的に「音楽を創る悦び」に溢れたオト。おいらはいっぺんで虜になった。
あの日以来、おいらとP.F.M.を結ぶ時間軸は凍結・封印され、2002年の現在に至るまで決して解凍されることはなかった。まさに待望の来日公演である。
アンコール3曲を含み、20曲、2時間を超えるライブは、『Cook』の頃から遥かに熟成し、円熟といってもよい程の極みにまで高められ、見事に美しかった。
イタリアの大地のおおらかさと、地中海にたつ「さざ波」のごとき美しさ。
同時に、20年前にアジアの片隅で紅顔の少年が感じた歓喜のオトは、そのまま生き続けていて、そこに在った。
その想いを奴らは27年ものあいだ大切に持ち続け、ついには極東の島国まで届けに来てくれたのだ。


時折、おいらはこう自問する。70年代、あれほど実験精神に溢れ、間違いなくロックのフロンティアの一端を切り拓いてきたプログレッシブロックは、何故80年代から90年代にかけて死に絶えてしまったのだろう。


呆れる程内輪で離散を繰り返す者。
無謀な「他流試合」を仕掛けすぎ、アイデンティティを喪失する者。
その「絶滅」の過程は、全く混乱、迷走としか言いようがない。


長年のこの疑問に、朧げながら答えが見えてきた気がする。
プログレ関係者は、超人的な演奏技術やギミック、音楽的イディオム、ボキャブラリーが災いし、それを磨くことに腐心した結果「絶滅」したのではないのか。音楽本来の持つ、ボキャブラリーなんか超越したパッションや歓喜というものの絶対的価値を、純粋に信じ切れなかったのではないだろうか。


四人囃子にしろP.F.M.にしろ、ライブではいわゆる新曲を全く披露していない。
常にプログレッシブであることへの呪縛から、ともすると新たなスタイルを提示しないことはプログレバンドとしての自殺行為にも等しいとパフォーマーも強迫観念を抱いていたし、オーディエンスも当然のことのように求めていた時代が確かにあった。しかし時が過ぎ、時代がプログレサウンドを十分咀嚼できるようになった現在、この2つのバンドは、新スタイルへの腐心でない場所で、実にストレートなやり方で勝負を挑んできた。そしてその「新しい」試み、真に「進歩的な」アプローチは、おいらの胸に深い感動をもたらすことに、いともあっさりと成功したのだ。


翻って、TAKSのオトはみなさんにはどのように届いているのだろうか。表現者のハシクレとして意識せざるを得ない。はたして、情熱や歓喜に溢れたオトだろうか。


できうれば、TAKSがみなさんにとってエバーグリーンでありますように。